ウルリッヒ・ミューエ インタビューより

Jodorowsky2007-03-02


昨日、『 善き人のためのソナタ 』を観賞し、
とても感動的な映画でしたのでプログラムを購入してみました。
プログラム内、劇中シュタージのヴィスラー大尉を演じた、
ウルリッヒ・ミューエのインタビューが非常に興味深かったので以下に全文。
※ 重大なネタバレはありません。

Q:シュタージのヴィスラー大尉という人物を演じていますね。しかし立場を変えるまでは、残酷な尋問で人々を痛めつけていたような人物にこれほど共感を覚えてよいのでしょうか?
A:ヴィスラーのような人物は実在に存在していたのです。シュタージにとって彼等は非常に危険な存在で、80年代に入るまで背信したシュタージ職員は死刑に処せられていました。彼は英雄でもあり、同時に矛盾を抱えた人物です。しかしこうした密やかな勇気は想像以上に東ドイツに蔓延していたのではないでしょうか。でなければ1989年、たった数ヶ月でDDRが崩壊することはなかったでしょう。


Q:最初は本部の命令に服従していたヴィスラーは次第に監視していた芸術家カップルの生活にはまり込んでいき、最終的には組織を裏切ります。芸術というのは国家を転覆させる力を与えるのでしょうか?

A:芸術が人を変える力は強く、時にヴィスラーのような官僚でさえ、人間らしい人間へと変えてしまうのです。ヴィスラーはそれまで知らなかった"自由"という価値観を知ったことで人間らしい感情が芽生えていきます。それまで長い間信じてきたマルクスレーニン主義の教条の殻が崩れ、ようやく"本当の人生"を見出すのです。


Q:あなたご自身、シュタージに監視されていましたね。

A:数年にわたってIMをつけられていました。隣人はよく私について質問を受けたそうです。私に関するファイルには「男性がよく出入りしている。おそらくゲイであろう」という記述があります。また別の隣人は私のアパートには常に女性が出入りしていると思っていたようで「セックスパートナーを頻繁に変えている」という記述もあります。つまり私はフリーセックス愛好家ということになっていたのでしょうか(笑)。


Q:シュタージは"他人の生活を覗きたい"という人間の本能的な欲望につけこんで、それを正当化して政治的に利用していたのでしょうか?

A:そう思います。IMに志願した人たちは、シュタージのシステムに順応していました。そのシステムが、本来ならもっと非難されるべきことを許したのです。友人とレストランで楽しく食事しながら「後で君のことをレポートするなんて知りもしないだろう」と思っていたのです、そうすることに優越感を覚えていたのです。


Q:この映画のようにシュタージを困惑させるために何か実行したことはありますか?

A:ありません。ただ電話に出て、なにかパチパチとした音が聞こえたときは、自分たちの会話を盗聴しているだろう人に声をかけました。常軌を逸した状況下でのささやかな抵抗です。


Q:そんな抵抗が出来たのも、知名度の高さがあなたを守ってくれていたからでしょうか?

A:芸術家の特権は幻想でした。後に閲覧したシュタージュ・ファイルによれば、内戦状態になれば私は政治犯収容所へ送られることになっていたのですから。そんなことは当時まったく想像していませんでした。


Q:オスタルジア(東ドイツ時代の服装や流行化、政党や国家の歌を演奏するショー)やここ数年に作られたDDRをテーマにしたコメディー映画*1は、システムの残酷さをかすめてDDRを理想化してしまうのでしょうか?

A:そうです。しかし本昨ではDDRの残酷さが容赦なく淡々と描かれてます。こうした描き方は、シュタージの犠牲になった人たちにもう一度自分たちの過去と向かい合い心の整理をするチャンスを与えてくれるのではないかと思います。この映画によって、人々はDDRから永遠に解き放たれることができるでしょう。


Q:東西統一は成功したと思いますか?

A:そうですね。15年前にベルリンで「ハムレット」を演じていた時は、東ドイツから女性の首相*2が誕生するなんて想像もしていませんでしたから。

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※上記インタビューには触れられていないが、ウルリッヒ・ミューエは、自身の妻であり女優のイェニー・グロルマンに十数年間密告され続けていたという事実を01年に知る。ドナースマルク監督によれば、夫人がシュタージにかかわっていたことを詳細に記したファイルは254ページにもわたるという。夫人はミューエの訴えを否定し、シュタージがニセのファイルを作ったと主張している。

STASI(シュタージ):東ドイツの秘密警察。国家保安省。Saatssicherheitsdienstの略称
DDRドイツ民主共和国(東ドイツ)
IM(インオフィツィエル・ミトアルバイター):非公式協力者。