田母神論文は「上杉謙信が女だった」という珍説と同じだ

 
少し前の週刊朝日*1に掲載された秦郁彦さんと田岡俊次さんによる田母神論文論評をコピっときました。
田母神尊師の論文は コチラ(PDF) でチェキ。
関連:検証 田母神前空幕長論文
 

田母神論文は「上杉謙信が女だった」という珍説と同じだ
 
日本は侵略国家であったのか。田母神俊雄・前航空幕僚長の論文は、アパグループ「真の近現代史観」懸賞論文審査委員会で「満場一致で」最優秀賞に選ばれたという。その"最優秀の論文"の中身とは――。近現史家の秦郁彦氏と軍事ジャーナリストの田岡俊次氏が読み解く。

秦郁彦 (現代史家)
はた・いくひこ 1932年生まれ、大蔵省、防衛省に勤務。02年まで日本大学教授。著書に『昭和史の謎を追う』(文春文庫)、『南京事件』(中公新著)など。

田岡俊次 (軍事ジャーナリスト)
たおか・しゅんじ 1941年生まれ。元朝日新聞編集委員。現在、朝日ニュースター・コメンテーター著書に『北朝鮮・中国はどれだけ怖いか』(朝日新書)など。

 
田岡 11日の参議院外交防衛委員会の田母神氏の質問に答える様子、ご覧になりましたか?
 
 国会記者会館で中継を見ていましたが、言いたい放題でしたねぇ。居直り、という印象を持ちました。
 
田岡 首相を殺したり、クーデターに失敗したにもかかわらず、自決せず法廷闘争をした五・一五事件二・二六事件青年将校を思い出しました。
 
 彼の論文のなかで <私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない> など、日本の伝統をさかんに賛美していますが、彼自身がいちばん武士道とはおよそ縁がない、品格に欠けた人だと思いましたね。参考人質問で「浜田防衛省も次官も懲戒処分を受けていることだし、退職金の一部でも自主返納するつもりはないか」と問われて「まったくありません」と答えている。同じ質問を記者に問われると「私も生活が苦しいのでいただきます」なんて言ってたそうですね。
 
田岡 自衛隊首脳の失言事件といえば、1978年の栗栖弘臣統幕議長(当時)が思い出されますが、質が違う。雑誌のインタビューで「奇襲攻撃を受けた場合どうするか」と問われて「超法規的に対処せざるを得ない」と答えて解任されたんですが、金丸信防衛庁長官(当時)が「(あなたの発言で)困っております」と電話しただけで、辞表を持って来た。武士的な振る舞いでした。
 
 外交防衛委員会でも、何人もの議員が浜田防衛相に、なぜ懲戒手続きを取らなかったのかと責め立てました。田母神本人が手続きをしてくれと申し出ているのに、なぜか退職させてしまった。その理由ははっきりせずじまいでした。
 
田岡 彼がアパグループが主催する「真の近現代史観」懸賞論文で最優秀賞をとった論文を読んで、こんな人物が司令官なら、戦争になったら負ける、と思いました。自分の情念に合う説ばかりを結びつけている。
 
 そうですね。
 
田岡 戦争では、誤った報告や、敵が流す偽情報などが乱れ飛びます。高級指揮官はそのなかからどれが本当らしいか判断しなければならない。それにはバランス感覚や教養が必要で、彼のように思い込みが強く不利な情報は無視、という将官は危険なんです。
 
 彼は、論文の冒頭 <日本は十九世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない> と言っていますが、これは満州事変を考えればすぐに崩れてしまう論です。満州事変は関東軍南満州鉄道を爆破し、一方的に始めた戦争ですから。
 
田岡 満州事変は相手国どころか日本政府参謀本部の了承すら得ていない。
 
秦 <大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。(中略)もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等な世界が来るのはあと百年、二百年遅れていたかもしれない>。 これも、論理の飛躍がすごい。
 
田岡 ます第一に日本はアフリカに行っていません。では、アジアだけでなく、アフリカの国々が独立したのはなぜか。それは植民地帝国だった英、仏の力が弱まったことが大きい。となれば、英仏を弱らせたナチスの功績が大きいということにもなってしまう。
 
 そうですね。
 
コミンテルンが世界中騙した!?
 
田岡 論文中に何度も、コミンテルンの陰謀説が出てきますね。<実は蒋介石コミンテルンに動かされていた>
<(日米戦争は)日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカもコミンテルンに動かされていた>
<ルーズベルト政権の中には三百人のコミンテルンのスパイがいたという。その中で昇りつめたのは財務省ナンバー二の財務次官ハリー・ホワイトであった。ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。(中略)当時ルーズベルト共産主義者の恐ろしさを認識していなかった。彼はハリー・ホワイトらを通じてコミンテルンの工作を受け、戦闘機一○○機からなるフライイングタイガースを派遣するなど、日本と闘う蒋介石を、陰で強力に支援していた。真珠湾攻撃に先立つ一ヵ月半も前から中国大陸においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである>
 
 ええ、ええ(笑い)。コミンテルンの陰謀論が四つも五つも出てくる。歴史上の出来事はすべて特定の人間や団体の陰謀によって起きたという「陰謀史観」を唱える人は少なくないが、ふつうは一つか二つしか出さないものなのに。(笑い)
 
田岡 彼によれば、コミンテルン蒋介石も米国も日本も、世界中を手玉にとったことになります。(笑い)
 
 そんなに、コミンテルンというか背後にいたソ連が万能だったとは思えない。しかも、自説はひとつもない。すべて他人の文献からの子引き、孫引きです。僕の調べた限りでは、懸賞論文の審査委員長を務めた評論家の渡部昇一さんの本からの子引きがいちばん多い。ぜひ、彼に審査の実態を聞いてみたい。
 
田岡 むかし、左翼はどんな事件もすべてCIAの陰謀だ、と言っていましたが、それに近い。
 
 「上杉謙信は実は女だった」というのと同じくらいの珍説です。
 
田岡 源義経ジンギスカンになったとか。(笑い)
 
 しかも、単純な事実誤認が多い。フライング・タイガースというのは、太平洋戦争初期、中国が編成した米国義勇空軍です。これが日本が真珠湾攻撃をする1ヵ月半も前に中国大陸で日本に対し、隠密に航空攻撃をしていたなんてあり得ない。この時期、フライング・タイガースはビルマ(現・ミャンマー)で訓練していたんです。ひどい作り話です。
 
田岡 間違いといえばこれもそうですよ。
<一九二八年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、(中略) 最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている>
 
 そうです。このソ連情報機関の資料というのは、元KGB職員だったプロホロフという若い作家が書いた本を指しているのだと思いますが、彼は文書資料によって書いたわけではない。メディアの取材にも「そういう話を聞いたことがある、というだけだ」と語っています。泡みたいな話ですよ。
 
田岡 おかしいところを挙げていけばキリがありませんが、そもそも、これは論文になっていません。
<日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国がどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない> と言う。これには同意するが、後のほうでは、<我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である> と言う。論旨が矛盾している。
 
 日本が侵略国家の一つだったと読めますね。(笑い)
 
田岡 アパグループの広報誌「アップルタウン 12月号」にはこの論文の英訳も掲載されていますが、こんな論文を英訳し海外に出すのは、重大な機密漏洩だと思います。
 
隊内に第二、第三の田母神がいる
 
 どういう意味ですが?
 
田岡 この程度の人物が自衛隊の首脳だ、ということが明らかになってしまったということです。他国の軍隊の兵力、装備、配備などはだいたいわかるものですが、肝心の指揮官の能力、発想はなかなかわかならくて困る。ところが、この一件で、日本の自衛隊の高級指揮官の能力はこんなもの、と最大の弱点が外国にバレてしまった。
 
 自衛隊のなかでは彼は特異な存在でしょうか?
 
田岡 自衛隊には彼に同調する人も多く、「思想弾圧だ」と騒いだと聞いています。田母神氏と同じ歴史観を持つ人間は少なくないと思いますよ。
 
 今後、第二、第三の田母神が出てくる可能性があるわけですね。
 
田岡 そう思います。第十、第百もいるでしょう。というのも、防衛大学校の入試では歴史は必要ないんです。歴史知識を持っていない人は、心地よい偏った歴史を教えられると、白紙に墨汁をたらすように染まる。全般的に、自衛隊幹部の質は急速に低下していますから。
 
 話は戻りますが、とても不思議なのが、懸賞論文で田母神氏以外の自衛隊員が誰も入選していないことなんです。応募者235人のうち、約100人が自衛隊員だったはずです。ところが、田母神氏以外の隊員たちは、12人も選ばれる優秀賞、佳作に一人も選ばれていない。確率からいっても不思議な話です。
 
田岡 一将功成りて万骨枯る、ですか。
 
 田岡さんがおっしゃるように、自衛隊員の質が想像以上に低下しているからなのか、それとも出来レースだったのか・・・・・・。
<構成 本誌・大貫聡子>
 

*1:11月28日号 P33-35