半藤×田原対談より

Jodorowsky2007-02-21

別冊オフレコ!昭和史のカラクリ P49〜54

半藤一利氏と田原総一郎氏の対談内、南京事件に関する箇所を抜粋。


田原
 さっきの南京攻略に関係する「南京大虐殺」あるいは「南京事件」について、ですけれども。「諸君!」の座談会*1では、ユン・チアン著『マオ』から「毛沢東は『南京大虐殺』に言及しない」という一節を引用し、東大名誉教授の伊藤隆さんが、「南京事件の実態が大虐殺としてほど遠いものだったから」「軍服を脱いで潜んでいた数千人の中国軍人を捕まえて来て銃殺したというのが実態でしょう」という。その後に、毛沢東にとっては「朝飯前と(笑)」「そう。ノープロブレムでしょう」という発言が続くんですよ。あれ、何なんですか?
 日本軍が軍服を脱いだ数千人の中国軍人を銃殺したことなんて毛沢東にとって朝飯前だと、日本人がよく笑って言えるもんですね。投降した者を裁判にかけず片っ端から殺したのに。


半藤
 私もあるとき伊藤隆さんから「南京大虐殺は君、ゼロだよ」と言われて、本当にひっくり返ったことがあるんですよ(笑)。「伊藤さん、ほんとにそう思ってるんですか」と聞いたら「ゼロだよ、あれは」と言うんですよね。ゼロってことはないんじゃないですかと言ったんだけど、今はゼロって人が多いんですよね、けっこう。


田原
 多いんです。中国側が数を増やせば増やすほど、日本ではゼロが多くなる。


半藤
 もちろん虐殺された人数が30万なんて中国が言うのは、これはあり得ませんよね。


田原
 僕はそのへんは、秦郁彦さんあたりの説が、わりといいのかなと思っているんですがね。


半藤
 秦さんは4万人説ですね。それから、旧陸軍の将校OB組織である偕行社の方が非常にまじめに、中国側の文献も採り入れ、こちら側の陸軍の各部隊の戦闘詳報なども全部きちっと調べあげて数を出した。これはなかなか立派な研究ですが、それで3万人という。私は、このへんがいい数じゃないかと思っています。だから、ゼロというのは、太刀打ちできないというか、話にならない。ゼロといったら、「なにもなし」ですからね(笑)。なしではどうもねぇ。


田原
 ところが「なし」がだんだん力を持ってきたんですよね。


半藤
 持ってるんですよ。ですから、「ある」なんて言っている秦さんとは私なんかは、ときどきやり玉に挙げられるんです(笑)。


田原
 文春出身の半藤さんは『文藝春秋』編集長もやったけども、いま同じ文春の『諸君!』では、困った人だとよく書かれていますね(笑)。


半藤
 でもね、そうか書かれても、ゼロでなにもなしってことはないですよ。ただ一つだけ申し上げたいのは、日本軍は三方から南京城に入ったんですが、南から行った部隊は確かにやってないんですよ。北から揚子江沿いに行った部隊と真ん中から行った部隊が、非常に危険なことをやってるんです。だから、南から行った部隊の人たちだけを集めて、たとえば座談会をやると南京事件はゼロなんです(笑)。


田原
 そういうことか。当事者が間違いなくゼロと言っている。


半藤
 当事者は全員、私たちはそういうことをやってないと証言する。事実、そういうことはあるんです。ですから、集めてやるときに、またやってると、私なんかはすぐ思うんです。本当の当事者じゃなくて、違う部隊を集めてるなと(笑)。


田原
 なるほど。


半藤
 その部隊の人たちに話しを聞くと、急げ急げというので、とにかく一番乗り精神で、本当にやみくもに走った。すると、森のなかで中国兵が夕食を食ってるんだそうですよ。そのそばをワーッと日本兵が通っていくんです(笑)。ワーッと通っていくのを、中国兵がヘーッと見ていたそうです。なんてことを言っていますから、それはものすごい勢いで走ったんですね。


田原
 それで南京城にダーッと入ったら、兵隊は誰もいなくて、中国軍の軍服が脱ぎ捨てられてあったと。


半藤
 そうです。それはたくさん脱ぎ捨てたんじゃないですか。どこの戦でも、関ヶ原でもなんでもみんな脱ぎ捨てるじゃないですか、負けたほうは。


田原
 しかも、蒋介石は逃げるし。


半藤
 総司令官も逃げてるんですから。まあ、でもゼロと言う人には、残念ながら、違うよとも言えないんですね。言ってもゼロですから相手にされない(笑)。一人もいないんですかと言ったら、一人もいないと。もちろん戦闘で戦死したのは別で、虐殺としてね。


田原
 ゼロだというのは、投降兵の殺害、捕虜の殺害、便衣兵(平服のゲリラ兵)の殺害、以上のような兵・ゲリラ兵と見誤った民間人の殺害が、すべて国際法上なんの問題もないか、または問題があったとしても合計ゼロ件であった、という主張でしょう。でも、裁判なしの投降兵・捕虜の殺害や、兵と見誤った民間人の殺害が国際法上合法なんてことはないし、揚子江に多数の死体が流れてきたというような証言はいくらでもあるから、合計ゼロ件ということもない。なにを考えているんだろうと思いますけれどもね。
 ところで、南京事件では虐殺以外にも、略奪、暴力、強姦など日本軍の問題行動があったといわれています。略奪は兵站部隊が間に合わなかったんですかね?


半藤
 これは間に合わないという問題じゃなくて、日本の戦術論に「現地補給」というのが書いてあるんですよ。日本軍というのは、ずっとそうですよ、その後も。


田原
 ないんですか。食べ物は現地補給。つまり、略奪せよというわけだ。


半藤
 いや、基本的には軍票で買うわけですけど。


田原
 いや、ごく簡単に言えば(笑)、戦争で乗り込んでいって、現地でかっぱらうわけでしょう。


半藤
 ですから、太平洋戦争も全部、南の島々で現地補給なんですよ。何日分か持っていき、後は現地調達。


田原
 そういうものですか。兵站部隊というのは来ないんですか?


半藤
 日本の兵站というと輜重兵ですけれども。「輜重輸卒が兵隊ならばトンボ蝶々も鳥のうち」と言って、これは兵隊とは認められていないんですから(笑)。要するに、そんなものはあてにしてないということなんですよ。


田原
 じゃあ、最前線で略奪みたいなことが起きるのは当然なんですね。


半藤
 まあ、当然といえば当然。それはどうしてもつきものだったでしょうね。

半藤一利  Wikipedia Amazon
田原総一郎 Wikipedia Amazon

*1:2006年6月号「あの戦争の仕掛人は誰だったのか!? 」出席者:中西輝政、瀧澤一郎、櫻井よしこ、北村稔、伊藤隆