貴族院予算委員会議事録

 
日中戦争史資料8 南京事件Ⅰ 』より。
東京裁判で検察側から提出された、昭和13年2月16日の貴族院予算委員会おける、大蔵公望と木戸幸一の質疑応答を抜粋*1します。

第七十三回帝国議会貴族院 予算委員会議事速記録第四号 より抜萃

○男爵大蔵公望君
  総理大臣から伺ひたいのでありまするが、丁度本会議の方に御出席であります。又、後で御見えになるそうでありますので、御出席の文部大臣に先づ伺ひたいのであります。私の質問は全体として十二程ありますが、何れも関連して居りませんので、一問毎に一つ御返事を願ひたいと思ひます。文部大臣に御伺したいと存じまするのは、どうも最近、外国の新聞を見ますると云ふと、南京・上海方面に於ける日本軍の行動に付て色々忌はしいことを書いて居ります。私はそれが殆ど全部真実とは思ひませぬ。有り得べからざることを外国の新聞が特に日本を誹謗せむが為にああ云ふことを書いて居ることと存じまするが、併しながら、日本国民としまして、斯かる誹謗を受けると云ふことは非常に恥辱であると思ふのであります。大体私共長く外国に居りまして経験する所では、日本の可なりの多くの人々が、海外へ出ました時に、自分より劣等なる民族と申しませうか、国民と申しませうか、其の人々に対して、日本側が力が強い時分に与へる所の態度と云ふものは、実に顰蹙せざるを得ないやうなことが屡々あるのであります。謂はば誤つた日本人の優越感と云ふものが、是迄どれ程、満州に於きましても日本の正しい主張、正しい態度と云ふものを、世界をして誤解せしめたか分らないと感ずるのであります。今回の外字新聞の記事の如きも、矢張り長年の是等の日本人の行動からして色々と想像をして書いたものと思はれますが、是は単に軍隊の一部であるとか、若しくは従来、海外に参りました日本人の少数の者が責を負ふべきものに非ずして、日本国民全体が是は悪いのだ、国民の根本の考が間違つて居るのだと私は感ずるのであります。
 之を直します為には、どうしても根本的に教育の点から始めなければならぬ。又、日本が今や大陸政策を是から樹てる、大いに大陸に進出し、アジア民族の指導者にならうと言ふ風な抱負を持つて居ります折に於て、従来のやうな誤つた優越感を以て他の民族に接しまするならば、忽にして日本人は世界の総ての民族から嫌はれることは明らかであります。此の点に於きまして私は従来、教育が何等此の点に思を致さなかつたと云ふことを非常に遺憾とするのでありまして、今後はどうしても教育全般に・・・・・・小学教育の間からして、弱い民族に対しましては之を徹底的に愛撫せよ、強い非道な民族に対しましては徹底的に之に反抗せよと云ふ風な、謂はば大和魂に即したやうな教育をなさる必用があるのではないか、今日迄それが全然欠けて居ると思ひますので、之に対し文部大臣は如何なる御抱負がありませうか、今後如何なる御方針を御執りになりませうかと云うことを御伺したいと思ひます。
 
国務大臣(侯爵木戸幸一君)
 御答を致します。只今御話の上海に於ける日本軍の行動に対しまする報道は、私も耳に致して居るのであります。大蔵男爵の御話の通り、私は全然是は全部が真相とは思ひませぬ。併し又、他の方面からも可なり斯う云つたやうな報道を受けて居ります事実はあるのであります。御話の通り兎角、従来我が国の海外に出て居ります連中あたりが、支那満州辺りに於て非常な優越感に依つて誤れる行動のありますことも屡々聞いて居ります。是は御話の通り若干教育に付きましても欠陥があるのであらうと存じます。将来、大陸に発展致します躍進日本と致しましては、特に此の点に付ては関心を持ち、反省をしなければならぬと考へて居ります。大国民たる所の襟度を持せしむるやうな、もつと雄渾な教育を小学校の時代から与へなければならぬと云ふことに付ては、私共も痛感して居る次第であります。今日迄に於て、既に昨年快改正致しました教授要目等に付ては、若干其の方面に対しましては、留意を致しまして、手を著けて居りますが、将来は此の点に付ては十分研究致しまして、善処したいと存じて降ります。

*1:議事録全体は『帝国議会貴族院委員会速記録 (昭和篇 65)』でも確認可能。