田中正明を擁護した人たち

田中正明氏の苦しい言い訳反論に同意・引用した人たちの文章をまとめていきます。
 

週刊「世界と日本」 昭和61年1月20日(月曜日) 6面 *1
 
朝日新聞の良識が泣く
 
南京事件私物化した遺恨記事 長谷川潤
 
昭和六十年十一月二十四日付「朝日新聞」を読んで驚いた人は多かったであろう。いわゆる「南京事件」の一級資料である「松井日記」を、「南京虐殺の虚構」の著者・田中正明氏が「改ざん・出版」したというのである。「九百ヵ所以上も改ざん・誤記」があることを中央公論の雑誌編集者が発見し、「歴史と人物」誌上で指摘することになった由。続いて翌日には「戦後の資料でも改ざん」と、田中氏に対する執拗な攻撃を続け、「南京事件」「虐殺派」の教祖的存在である洞富雄氏をして「学者・研究者としてまともにとりあげるレベルの相手ではなく」とまで発言せしめている。
 
朝日内部に巣食う病理的体質
 
 しかし、続報の内容を拝読すれば、前日掲載分の指摘をほぼ繰り返したにすぎず、洞氏が「南京大虐殺の証明」なる著書を刊行する宣伝臭い部分で終わっている。
 同氏が名の通りの「ホラ吹き」かどうかを論じるのは別の機会に譲るとして、この続報の上段には、「本多勝一編集委員」なる署名記事が載っていた。正に「正体見たり枯尾花」である。
南京大虐殺」なるセンセーショナルな通称を造り上げ、数々の日本軍の暴虐行為」をデッチ上げた中共政府の「御用記者」が登場したことで、この二日連続した記事が、実は「虚構派」に対する「虐殺派」の中傷攻撃的要素を多分に含んだものであったことが明白になった。
 それは「九百ヵ所の改ざん・誤記」が、あえて「誤記・改ざん」と書かれなかった見出しからも理解できる。「誤記」よりも「改ざん」を先に出すことで、「改ざん」の印象を強調する手である。もし、九百ヵ所近くも「改ざん」があれば、その資料は原本と全く別のものに変わってしまったはずである。
 このように、不偏不党を社是に掲げる天下の「朝日」が、一方的に「虐殺派」の立場に立って「虚構派」を中傷攻撃するとは、今に始まったことではないものの、同社内部に巣食う病理的体質を露呈している。
「社会の公器」を自称する大新聞が、社会的に異なった意見の存在する「南京事件」について、「虐殺派」支持のために個人攻撃という大人気ない態度をとったのである。勿論、その二日間、他の四大新聞は、そのような愚行を犯さなかった。それは新聞界における最低限の常識であったと考えて良い。
 このような最低限の「良識」を示した他社に対して、朝日の報道姿勢は、単に同社の小児的問題に止まらない。
 サンケイ新聞が、この八月十日に報道した「崇善堂」に関する新発見、即ち「東京裁判」で十一万余の遺体を埋葬したとされる「崇善堂」なる会社の業務内容に葬儀業務がなかったという事実報道を、あえて朝日は黙殺した。
「大虐殺」なるものが「なかった」という「虚構派」に有利な意見は黙殺し、逆に虚構性を主張する者に対しては、わずかな過誤をも捉えて個人攻撃を行う朝日新聞は、もはや「不偏不党」ではなく、「社会の公器」でもない。「虐殺派」に乗っ取られた「反日イデオローグ」新聞とみなさざるを得ない。
 その朝日を乗っ取った中共政府御用の「虐殺派」が、過去の真実を発掘して来た田中氏に対して、遺恨を込めた報道で逆襲して来たのが今回の記事である。
南京虐殺の虚構」「崇善堂」問題で追いつめられた「虐殺派」にとって、朝日を悪用した田中氏への個人攻撃は、起死回生の好機と思えたのであろう。
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 ( 中略:本多勝一著『中国の旅』を中心に批判 )
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 現実に有り得ないこの種の官製「反日神話」を、歴史的事実として全く無批判に報道し、出版する悲喜劇を自作自演した中共政府の「御用記者」や「御用文化人」たちが、占拠した「社会の公器」たる朝日新聞を悪用し、正義感ぶって九段抜きの記事で、個人攻撃活動を行うとは、嘆かわしい限りである。
 
「朝日の良識」いまいずこに
 
 確かに歴史的資料の「改ざん」は、あってはならないことである。しかし、田中正明氏の訳の一部に誤りがあるのなら、本人にも再び見直すだけの時間的余裕を与えた後で報道して然るべきではないか。不意に一方的な立場から問題を取り上げておいて、うろたえた田中氏の談話を載せたからといって、それは「反論の機会を与えた」という朝日一流のアリバイ作りでしかない。
「改ざん・誤記」を主張する方に、あるいは間違った部分があるかも知れない。「九百ヵ所」全部が本当に誤記であろうか。今回の一連の報道で問題なのは、田中氏個人の「改ざん・誤記」ではなく、中共政府の代弁を務める中共政府御用達の「御用記者」や「御用文化人」たちに占拠され、私物化された朝日新聞の体質そのものであると考えるのは、筆者だけであろうか。
 同じ朝日新聞が昭和三十七年に刊行した「東京裁判」には、同裁判のパール判事による少数判決として「本官はすでに曲説とか跨張とかに関するある程度の疑惑を避けることのできないある実例について述べた。もしわれわれが南京暴行事件に関する証拠を厳密に取り調べるならば、同様の疑惑は、この場合においても避けられないのである」(下巻八六○ページ)と記載し、「南京事件」のデッチ上げられた性格を、東京裁判段階で同判事が見抜いていたことを示している。
 終戦後十七年間は、まだ存在していた朝日の「良識」はどこに消えてしまったのであろうか。今後は、朝日新聞が社是に掲げる「不偏不党」を真に実践すべく、いかがわしい記者や学者・文化人たちの私物化から脱却することを、切に希望するものである。
(枚方市立第一中学教諭)

 

南京事件の総括―虐殺否定の論拠 展転社 (2001/11)*2
 
「薦める詩と祝勝の辞」 小堀桂一郎
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田中氏はかつて昭和六十年に『松井石根大将の陣中日記』の若干の校訂不備について、それが恰も意図的な改ざんであるかの如くに邪推されて朝日新聞から全紙をあげての誹謗を浴びたことがあつた。所謂「大虐殺」肯定派の反日学者達は又その勢に乗つて田中氏の研究への否定的攻撃を逞しうした。田中氏の受難とその隠忍ぶりは傍の見る眼も痛ましい限りだつた。だが「時」が遂に田中氏の味方に立つた。朝日新聞の方が次々と史料・写真・証言の、改竄・偽造・誤用を暴露され、「大虐殺」肯定派は次第に世の信用を失つて行つた。世間は漸く田中氏の多年の真摯な文献調査と論証の成果に耳を傾ける様になつた。英語版"What Really Happened in Nanking"が海外でかち得た反響は、多年の隠忍の果てに達成した「勝利」の一つの顕著な徴表であらう。
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自由主義史観研究会HP ご意見箱 「南京大屠殺についてI」
 
(質問に対する回答)
田中正明氏の松井大将日記改竄問題について、お答えさせていただきます。
結論的の申しますと、「松井大将日記改竄説」は朝日新聞がでっち上げたプロパガンダであり、田中さんの主張の当否とは全く関係がありません。なぜなら、田中さんは、「改竄」などしていませんし、そもそも「松井日記」は南京虐殺問題の重要ポイントにはなっていません。
田中さんの「松井大将日誌」には誤りが多いと言うことを指摘したのは、板倉由明氏でした。「歴史と人物」(昭和60年冬季号)で、草書体で読みにくい原文の判読に不正確なところがたくさんある、というもので、決していわゆる「改竄」したというものではありませんでした。ところがそれに朝日新聞が飛びつきました。当時本多勝一南京事件報道を田中さんから厳しく批判され、それに答えられない状態でした。
何と田中さんが5回にわたって投書したものを1つも掲載しない(できない)という有様でした。そのとき、この板倉論文を知り、60年11月24・25日の2日間にわたり、各9段のスペースを使って「改竄」プロパガンダを繰り広げたのです。
ひどいもので、朝日の記者が、田中さんに取材に来たにも関わらず、その発言も載せず、文字通り一方的な言論暴力で、田中さんの「正論」を葬ろうとしたわけです。信じられないような話しですが事実です。このことは、田中さんの「南京事件の総括」に書かれておりますし、月刊「日本」にも文章が載っています。もしご希望でしたら、FAX番号をお知らせいただければコピーをお送りします。
どっちが正しいのか揺れている、ということですが、南京問題について、感情的に、何となくどっちが正しい、間違っている、といった見方をするのは、絶対に間違っていると思います。何がポイントで、どんな文献的、資料的な根拠があるのか、をよく確かめて判断すべきではないかと思います。ところで、「南京事件の徹底検証」(東中野修道著)、「ザ・レイプ・オブ・南京の研究」(藤岡信勝東中野修道著)、「南京事件の総括」(田中正明著)は読まれましたでしょうか?特に前2書は、必須です。これを読まずして、感覚的に何を言っても余り意味があるとは思えません。
お読みになった上で、疑問の点があるようでしたら、徹底的にご質問ください。場合によっては、先生ご本人からお答えいただくことも考えております。

自由主義史研究会会員 茂木弘道

*1:追記:2008年9月7日

*2:2001年に出版された再発版にのみ掲載