検証 田母神前空幕長論文

 
朝日のWEBサイトにもアップされてないみたいだから、もういいだろうという勝手な判断で丸っとコピっときます。
田母神尊師の論文は コチラ(PDF) でチェキ。
関連:田母神論文は「上杉謙信が女だった」という珍説と同じだ
 
朝日新聞朝刊2008年11月11日(火) 2面

検証 田母神前空幕長論文
 
波紋を広げる防衛省田母神俊雄・前航空幕僚長の論文。日本の侵略を否定する考えは、自衛隊内でどう受け止められているのか。幹部の歴史教育はどうしているのか。11日の参院への参考人招致を前に取材し、論文の問題点を、近現代史が専門の秦郁彦保阪正康両氏に聞いた。 (聞き手=編集委員・藤森研、川端俊一)

秦郁彦
はた・いくひこ 元日本大学教授、現代史家。当事者からの聞き取りや一次資料の確認など実証的な軍事史の研究で知られる。75歳。

保阪正康
ほさか・まさやす ノンフィクション作家。日本近代史、とりわけ昭和史に詳しく、戦争や軍部研究で多くの著作がある。68歳。

 
[1] 日本の進軍
<日本は相手国の了承を得ず軍をすすめたことはない>

 論文の冒頭近くにある記述だが、これは思いちがいだろう。「満州事変はどうだったのか」と反問するだけで崩れてしまう論だ。満州事変は、日本の関東軍が謀略で鉄道を爆破し一方的に始めた戦争だ。謀議者から実行部隊の兵士まで、すでに関係者の多くの証言がある。当時の軍首脳も政府も追認し、予算を支出している。日中戦争大東亜戦争も相手国の了承なしに始めた戦争だ。

保阪 史実を押さえれば、田母神論文のような解釈はできない。「国際法上合法的に中国大陸に権益を得て・・・・・・」とあるが、西欧列強もアジアでの支配を合法化した。だから正しい、と言うのは歴史の見方ではない。帝国主義の支配者は被支配者より何倍も狡猾だ。「多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない」とも記述しているが、子どもの言い訳に等しい。
 
[2] コミンテルン
<我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた>
 国民党内にコミンテルンのスパイがいたから、蒋介石コミンテルンに動かされていたなどと言うのは、「風が吹けばおけ屋がもうかる」式の強弁だ。張作霖爆殺事件も、コミンテルンの仕業という説が「極めて有力になってきている」などと田母神論文は書くが、歴史学の世界では問題にされていない説だ。
 張作霖爆殺事件が関東軍の仕業であることは、首謀者の河本大作はじめ関係者が犯行を認めた。このため田中義一内閣が倒れ、「昭和天皇独白録」でも、「事件の首謀者は河本大作大佐である」と断定されている。他にもコミンテルン謀略説の論文があちこちに出てくるが、いずれも根拠となる確かな裏付け資料があいまいで、実証性に乏しい俗論に過ぎない。 
 
保阪 当時の国民党の指導者に取材したことがある。共産党側の人間が国民党に入っていたのは事実だが、コミンテルンが国民党を動かしていたというのは間違いだ。日本の軍部がソ連共産主義への危機感をあおっていた見方だ。「陰謀史観」で歴史を見るようになると、何でもそれに結びつける。「盧溝橋事件でだれが撃ったか」は本質的な問題ではない。中国で日本軍が軍事演習を行っていた背景を見なければならない。
 
[3] 米大統領の罠
<日本はルーズベルトの罠にはまり真珠湾攻撃を決行>
 これも、バージョンを変えて繰り返し出てくる「ルーズベルト陰謀説」の一種だ。ルーズベルト大統領は日本側の第一撃を誘うため真珠湾攻撃を事前に察知していたのに現地軍に知らせなかった、という筋書きのものが多い。こうした話はミステリー小説のたぐいで、学問的には全く相手にされていない。
 
保阪 米国が日本に先手を打たせたかったというのは事実だろう。だが、日本外国の失策に目をつぶって共産主義者が悪いというのはおかしい。41年4月に日米交渉が始まり、7月に日本は南部仏印に進駐。それに対し、米国は日本の在米資産凍結、石油禁輸措置を決める。政府や大本営が米国を見誤った「甘さ」の方が問題だ。日本が正しくてはめられた、などという論は無責任だ。
 
[4] アジア諸国の評価
<多くのアジア諸国大東亜戦争を肯定的に評価>
 果たしてそうだろうか。田母神論文はこれに続けて「タイで、ビルマで、インドで、シンガポールで、インドネシアで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高い」と国名を列挙するが、日本軍が華僑虐殺をしたシンガポールは、最近まで反日的な空気が強かったと承知している。独立国だったタイも日本軍の駐屯で被害を受けているので、感謝しているとは思えない。何より、列挙には、一番損害の大きかった中国が入っていない。満州事変に触れなかったのと同様、重要な史実からは逃げ、都合の良い話だけをつないだように見える。
 
保阪 インドネシア独立義勇軍に加わった何人もの元日本兵に取材した。独立のため戦死した日本兵も多い。本当に東南アジアの解放のために戦ったのはそういう人だが、国は「逃亡兵」とした。そういう事実も見もしないで、都合のいいことを語っている。
 
[5] 侵略国家
<我が国が侵略国家だったというのは正に濡れ衣>
 田母神論文の前の方で、「よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない」と書いている。そこはその通りだと思う。しかし、日本も他の国も侵略国家だったとすると、論理が合わなくなるのではないか。
 
保阪 「侵略国家」とは、どういう意味か。戦後、一つ一つの史実を検証したうえで「これは侵略だ」と認定してきた。中国を侵略したことは政府でさえ認めた。否定するならば論拠を示すべきだ。論文に書かれている事実はいずれも核心ではない。一部を取り出して恣意的につなぎ合わせるだけで一面的だ。戦後、史実をを実証的に積み重ね、戦争を検証してきた。論文は「60年」という時間を侮蔑している。
 
全体を通じて
 論文というより感想文に近いが、全体としては稚拙と評せざるをえない。結論はさておき、その根拠となる事実関係が誤認だらけで、論理性もない。
 
保阪 かつて兵士たちが生還して色々なことを知ったとき、「日本もむちゃをやった」と素朴な感慨を持った。われわれはそこからスタートしている。昔の日本に批判的なことを「自虐史観」というが、「自省史観」が必要なのだ。ナショナリズムを鼓吹した時、それは偏狭な運動になる。歴史を誇るのであれば、事実に謙虚でなければ。

 
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