弁護側のエスピー報告書引用部分


先日のエントリーでとりあげた、田中正明センセイが引用したとしている、東京裁判資料(法廷証第328号=検察番号1906号中の一部を弁護人が朗読したもの=速記録210号)を以下に抜粋します。

※「」内がエスピー報告書からの引用部分。
○裁判長
 伊藤弁護人。


○伊藤弁護人
 次に法廷証第328号(検察番号1906号)、すなわち上海米国領事館より米国国務長官にあてた報告書より抜萃を朗読いたします。
 本証より南京における支那軍の放火・掠奪及び敗残兵の安全地区への遁入並びに松井司令官の軍紀・風紀厳守の命令の発せられたる事実を立証いたします。日本文二十二頁十七行目より朗読を始めます。


「故に日本軍は入城とともに南京が実際に荒されをざるを発見せり。市民の残りの大部分は南京国際委員会の計画設定せるいはゆる「安全地帯」に避難しおり、相当数の支那兵を巧みに捕捉する筈なりしが比較的少数なりしなり。実際に残留せる支那兵の数は不明なれども、数千の者はその軍服を脱ぎ捨て常民の服を着て常民に混り、市内の何所か都合よき処に隠れたるに相違なきなり。」


十二行飛ばします。


「しかしながらここに一言し置かざるべからざるは、支那兵自身は日本軍入城前に全然掠奪をなさざりしわけにあらず、少くもある程度には行ひおれるなり。最後の数日間は疑はなく彼らにより人及び財産に対する暴行犯されたるなり。支那兵が彼らの軍服を抜ぎ常民服に着替える大急ぎの処置の中には種々の事件を生じ、その中には着物を剥ぎとるための殺人をも行ひしなるべし。かの無秩序のときのことなり、退却する軍人及び常民にても、ときと場所とにては計画的ならず掠奪をなせしことは明らかなり。すべての公の施設の機能停止による市役所の完全なる逼塞と、支那人政府と大部分の支那住民の退却とにより、市に発生したる完全なる混乱と無秩序とは、市をいかなる不法行為をも行ひ得らるる場所となし終れるなり。これがために残留せる住民には日本人来れば待望の秩序と統制との恢復あるべしとの意味にて、日本人を歓迎する気分さへもありたることは想像せらるるところなり。」


日本文四十八ページの九行目に移ります。


○ダヴナー検察官
 十ページの一番最後のハウエバー云々のところ、それからその次の一節は読まれておりません。


○裁判長
 どのくらい読むかということは伊藤氏がきめるところであります。


○伊藤弁護人
 「十二月の第一週の間に委員会は「安全地帯」を設定し、--その地図は同封第七号にあり--この地域には残留市民が避難し得ることとせり。委員会は上海の日本軍最高司令部に電報を送り、この地帯の存在することを攻撃日本軍において承知し置きもらひ、避難場所として攻撃を控へてもらひたしと要求せり。委員会はその回答として日本軍はその地帯を認むるわけにはいかざるも、その地帯に将兵あるいは軍事施設なき限り、故意に攻撃することなかるべしとの通告を受けたり。」 以上


日中戦争史資料8』 P189


上記のやり取りだけみると違和感を感じるかと思うので補足。
実はエスピー報告書は、まず検察側立証段階において証拠品として提出されたが、法廷においての検察側証拠朗読ではかなり省略。つまり日本の戦争犯罪を指摘する部分のみが抜粋され朗読されました(当然、上記の中国兵の暴行等は含まれておりません)。それに対して弁護側からは以下のような注文がつけられ、弁護側反証段階において上記抜粋の朗読に繋がります。強調は引用者。


※読みやすいように、「カタカナ」→「ひらがな」に変換しております。
※記録中の[小野寺モニター]は恐らく同時通訳だと思われます。←訂正:同時通訳をチェックする人のようです。コメント欄参照

(検察側証拠朗読をおえて)


○ローガン弁護士
 此の報告書の十頁から三節ばかり読まして戴きたいのでありますが・・・・・・


○ウェッブ裁判長
 当法廷は弁護人側が、検察側の申して居る時に、其の中に入り込んで物を言ふことをやらさないと云ふことに決定して居ります。それは秩序を維持する上に必要なのであります。此の段階は弁護人側から総ての証拠が提出されるまでは、決定されないものでありまして、其の提出された時に、或は本件に関係することがあるかも知れませぬ。
[小野寺モニター:一寸訂正致します。此の裁判と云ふものは、弁護側が全部証拠物件を提出するまでは、済まないものであります。其の時に検察側で提出した証拠物件に付き、言及することを其の時にしても宜しうございます]
是等の各節は証拠として提出されて居ります。併しそれは検察側の事件として、まだ「レコード」に載つて居りませぬ。弁護人側は其の「レコード」を自分達の方の事件として提出して宜しい。何度も何度も斯う云ふ工合に申出られることは、我々に証拠を抑へるやうに申されることと解釈致しますが、それはいけませぬ。
[小野寺モニター:一寸訂正致します。斯う云ふ風に弁護人側では、度々証拠物件の提出に付て異議を申立てると云うことは、外から見ると如何にも裁判所側で弁護側を抑へ付けて居ると云ふやうに見えますが、さうではありませぬ]


○ローガン弁護人
 今までの所、検察側は被告の中の数名に対して、此の南京の虐殺事件に付て、責任を有して居ると云うことを主張して居るやうであります。併しながら是に於て検察側は一つの文書を提出したのでありますが、此の文書を見ますと、或る事件に関しては、日本側は責任を有して居ないと云ふことを明らかにして居るのであります。即ち中国人の或る兵隊は、其の兵服を棄てたと云ふことが記述されて居るのであります。併しながら是が記述されて居る三つの説は、只今検察側は省いたのであります。


○ウェッブ裁判長
 中国人は其の服を脱ぎ棄てたからと云ふ理由で、射殺することは出来ませぬ。彼等は後から正当な法律手続を履んでから処刑されるべきであります。さうして確証が上つて後に・・・・・・


○ローガン弁護人
 併しながら此の兵服を棄てた中国人が、他の中国の民間人を略奪し、さうして虐殺したと云ふことも、此の文書に依つて明らかになるのであります。此の事件に付て総ての事実を、只今此の時に当つて裁判所側に打明ける必要があると思ひます。
[小野寺モニター:一寸附加へます。此の中国の兵隊が中国の民間人から略奪し、或はそれを殺し、それに依つて民間人の服を得んとしたと云ふことがあります]


○ウェッブ裁判長
 さう云ふことがあるからと言ふて、それで今此処であなた方の弁護人側の言ふ申出を聴かなくてはならなぬと云ふことにはなりませぬ。審理の進行を適当にする為に、同時に検察側の申出を全部聞きまして、それから弁護人側の全部を聴くと云ふ工合にしなくてはならぬと思ひます。
[小野寺モニター:一寸前のを附加へます。弁護側では今検察側の提出した証拠に付き、弁護側の証言をしようとして居ますが、之を許しても宜しいと云ふことは、詰り他の部分に於ても検察団側が証拠を提出して居る間に、弁護側から出さしても宜いと云ふことになるから、それは不当であると思ひます。それで検察団側が証拠を提出して居る間は、それが済むまで全部やつて、それから弁護側がやらなくてはならぬのであります]
唯、一つの例外と致しますことは、弁護人側が反対訊問をやつて居る時に、証拠を提出することであります。


○ローガン弁護人
併しながら此の間、裁判長が言はれました通り、文書に付きましては、反対尋問をすることは出来ませぬ。でありますから、若し検察側で文書を朗読することがありますならば、其の文書を全体として読上げて、裁判所が公平なる判断が出来るやうに、其の文書の全体を読み、全体が何であるかと云ふことが判断出来るやうにして戴きたいと存じます。


○ウェッブ裁判長
 あなたが御分りになりまするやうに、我々は全部の、本事件に関する全部の様子を承ることになつて居りまして、それは結局全部の事件が終わりの方に行つた時であるのであります。
[小野寺モニター:一寸訂正致します。弁護側に取つて一番有効なる、効果のあるやり方と云ふものは、其の全体の全部の意味、之を判断することは、全部の意味が提出される最後になつて、弁護人側の番になつた時にやる方が有効であると云ふことは、あなたの御承知の筈であります]
 弁護側が提出する証拠は、検察側の後に来るのであります。即ち最後に提出される証拠は、弁護側で提出する証拠であります。でありますから最も我々の記憶にはっきりと残るものであります。

弁護団側は、自分達が引用した部分のみが「信憑性が高い」と主張しているわけではなく。報告書を証拠として採用する上において、情状してほしいポイントを指摘しているに過ぎないことがわかりますね。


日中戦争史資料8』 P163-165

弁護側反証につながる流れもさることながら。裁判官がこの段階で「服を脱いだからといって処刑はできない」という認識を示しているのも興味深いところです。